順調に増えていたタイからの訪日客だが、その勢いに水を差す事態が起きた。
Japan caps Thai air services amid safety concerns(Bangkok Post、2015年3月26日)
日本の国交省航空局が、タイの航空会社による新規の日本路線を認めないとタイ側に24日に通告したという。現在就航中の路線は影響を受けないが、新規の路線や新規のチャーター便は運航できない。ちょうど日本は桜の季節、タイでは4月にタイ正月(ソンクラン)の休暇という旅行シーズンを迎える時期でもあるが、5月16日開始予定だったノックスクートの成田線、5月1日開始予定のタイ・エアアジアXの札幌線がそれぞれ就航できなくなった。
民間航空会社に関する国連機関、国際民間航空機関(ICAO)がタイ当局の審査体制などに疑問を呈したことが問題の発端。タイ側は改善案を出したが、それもICAOに拒絶された。ことは日本のみならずICAO加盟国に及ぶはずだが、バンコク・ポストは日本についてまず報じた。以後、
Japan, Korea clip Thai flyers’ wings(2015年3月27日)
で韓国も同様の動きに出たことを報じ、
China joins chorus of dissenters banning flights(3月31日)
で中国も加わったと連日のように報じている。
ところが日経が「タイ政府に新規就航認めず 「審査不十分」指摘で国交省」と報じたのはやっと28日になってから。記事ではアメリカやEUもタイ航空会社の新規就航を認められなくなるとしているが、タイ側の報道で出てきているのは日中韓のみで、欧米ではドイツやオーストラリアとタイ側が協議するという内容のみ。
何が言いたいかというと、1)日経は記事化が遅い2)遅いだけではなくミスリードもしくは誤報、という2点だ。
1)は前述の通り。航空局の通知は24日に出ており、記者クラブに入っていてしかも経済の専門紙としてはそれを察知できなかったばかりか、バンコク・ポストが26日に報じて以後も記事化していなかった。担当者の怠惰を責められても仕方ないだろう。
2)について。日経記事は第3段落で「ICAOの決定を受け、日本や米国、欧州連合(EU)など加盟各国はタイの航空会社の新規就航や増便、新たなチャーター便の乗り入れなどができなくなる」と書いている。しかし1~2段落でも「ICAOの決定」は何もなく、どんな決定を受けたのか書いていない。しかも、他紙の記事を読むと、今回の航空局の「禁止」に影響を与えたのは、タイ当局に対するICAOの監査結果であって決定は出ていない。監査結果をもとに今後、ICAOがタイを「カテゴリー1」から「カテゴリー2」に落とす危険性があるという段階にとどまっている。
カテゴリーが何を示すのかまだ十分に知ったわけではないが、国際的な法律事務所がこの問題について解説したPDFによると、「ICAO has no powers to enforce any recommendations arising from an audit and the audit findings have no force of law. 」であるばかりか、「Although there is no formal link between the outcome of an ICAO USO/AP audit and an FAA/IASA audit, traditionally an ICAO downgrade has resulted in an FAA audit. 」などとされている。またバンコク・ポスト記事によると、タイ側は4月7日に新たな対応策をICAOに提案する見通しという。
つまり事の順序としては、1)タイ当局が4月に改善案を再提出2)ICAOがそれを判断、だめとなれば90日間の猶予期間3)それが切れればカテゴリーのダウングレード4)このダウングレードを受けアメリカのFAA(連邦航空局)が米国としての監査を開始5)その監査結果を受け米国がダウングレードを検討、という流れに見える。
日経だけを読めば、ICAOがすでに何かを決定していて、それを受けてアメリカやEUなど各国が一斉にタイ航空会社の新規就航を禁止するように読める。しかし、今回はあくまで「安全重視」の国交省航空局がある意味、先走り、新規就航を禁止したという方が事実に近いようだ。
このことは、27日付のAP記事からもうかがえる。
Thai Airlines face scrutiny over safety, bans on new flights
In Tokyo, a spokesman the bureau, Noriaki Umezawa, said the measure was a temporary one issued because of concerns the airlines may not fully meet international safety standards.
ざっくり訳:東京で航空局の報道官が語ったところによると、この(新規就航)禁止は一時的なもので、タイ航空会社が国際的な安全基準に完全には則っていないという懸念から出されたものだという。
報道官ですら、抑制的なトーンを維持している。あおり気味の日経の国交省担当記者は、おそらく航空局の職員から航空局の言い分だけを聞いて、あとは少し過去記事を見て記事化したのだろう。ICAOやFAAの運営の実際を勉強することもなく、また航空局が自身の政策を正当化したいがための一方的な情報だと疑いもせず、記事化したのだろう。記事のソースが「政府関係者」だから、話の出どころは政務次官あたりかもしれない。
いずれにせよ、遅いうえに不正確な記事を書いているようでは、記事でメシを食っているのが恥ずかしくならないか。日本の航空局が、世界の空を牛耳るFAAの忠実な犬であることも念頭にはなかったようだ。犬が珍しく先回りして吠えたことを仰々しく宣伝する片棒を担ぐ新聞は、間違っても事実を伝えているとは思っては読まないことだ。