スーチーの変節

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ミャンマー民主化の象徴であり、1991年にはノーベル平和賞も受けたアウンサン・スーチー。目ぢからがあって、細身で、凛としたたたずまいは、まさにiconとするにはぴったりの人物だ。そんな人が、割と意外な発言をしている。

Aung San Suu Kyi Calls on Student Protestors to Negotiate with Myanmar Government(Radio Free Asia、2015年1月27日)

政府の導入しようとしている国家教育法案に抗議の態度を示すため、学生たちが第2の都市マンダレーからヤンゴンまで638キロを行進し始めたところ、スーチーは、

If one wants democracy there must always be give and take negotiations. Resolving problems is not just one-sided. All sides and everyone must give and take. If one side wants 100 percent of what it wants, there will be no give and take

ざっくり訳。デモクラシーを欲するなら、常に「ギブ&テイク」の交渉をしなければならない。問題解決が一方的ということはありえない。全当事者が「ギブ&テイク」するのだ。一方が100%を得ようとするなら、それは「ギブ&テイク」ではない

ある意味、至極まっとうな意見にも見えるし、現実社会ではまさに100%勝ちということはないのだから、正論でもある。

ところがこの言葉は、彼女が彼女である所以と真っ向から矛盾している。スーチーが創設に参加した国民民主連盟(NLD)は、90年5月の総選挙で大勝した。しかし当時の政権がそれを認めず権力の移譲も拒み、スーチーを自宅軟禁下に置き続けた。当時、実質的にスーチーの党だったNLDは、一切の妥協を拒み、あくまで90年選挙の結果に即した政権を樹立するよう、軍事政権に求め続けた。つまり「一方が100%を求め」続けていた。

ノーベル賞委員会が平和賞を授与した理由、そして彼女が「ミャンマー民主化の象徴」と持ち上げられ、オバマやヒラリーが下にも置かぬ扱いをする理由、それは「権力への徹底的な反抗」であり、それを「民主主義」とも呼んでいた。

さらにいえば、自宅軟禁が解除された時、彼女が行ったのは地方遊説だった。軍事政権下で軍事政権の気まぐれに解放された時もあり、その際は政権が「混乱を避けるため行わないよう」求めた遊説であり、案の定、支持者が殺到して当局ともみ合いになったことや死傷者が出たこともあった。

こうした過去の行動、彼女を彼女たらしめた事実を知っていると、今回言い放ったこの言葉、

Whether it is in this country or in any country, the best method to resolve problems is to discuss and negotiate

ざっくり訳。我が国であろうがどこの国だろうが、問題解決をする最良の方法は、話し合い、交渉することだ

この言葉に隔世の感がある。さらにいえば、情報相・大統領報道官が今回の学生行進に対して言った「As such, this is the time to negotiate (中略). That is why I see it as this is not the time to demonstrate and protest and create instability」とまったく同じ立ち位置からの言葉でもある。つまり、現在のスーチーは、あの孤高のスーチーではなく、下院議員スーチー、もっといえば今年の総選挙後に大統領になろうとする人物ということがわかる。

そもそもこの法案は、軍事政権下で進歩の止まった教育を刷新するために制定されるもので、2014年7月に国会を通過したが、テイン・セイン大統領が25項目の修正点を指摘して国会に戻し、うち19項目が認められた。

ただ学生らは、「教育の自治がなくなる」などと反発しており、政府から独立した学生組合や教員組合を結成できるようにすること、入学資格の改定、少数民族言語の導入、シラバスの近代化など求め、11月にヤンゴンで無許可の4日間ストライキを行った。

「民主化の象徴」であれば、学生側に寄り添うのが言行一致しているはずだが、そうはしなかった。少数民族問題でも、イスラム系少数派ロヒンギャの問題でも、環境や資源問題でも、解放後のスーチーは常に政権と「話し合い、交渉し」あってきた。

そのだめ押しとなる今回の問題。そのニュースを、Radio Free Asiaの報道から知ることになるとは、なんとも皮肉なものだ。

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4件のコメント

  1. スーチーの訴えがきいたのかどうか、学生側と政府、国会側が交渉のテーブルにつくことになった。DPAが報じている。
    Myanmar opens education reform talks(2015年2月1日)
    これに伴い、学生の行進も一時停止されるという。

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