カンボジアとラオス、国境で対峙

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大国同士のいざこざはすぐニュースになる。大国と小国のいざこざは、場合によってニュースになる。しかし、小国同士のいざこざはほとんどニュースにならない。しかしそれは、世界を理解するうえで小国同士の関係が不要というわけではない。

2月以降、カンボジアとラオスの両軍が国境地帯で緊張関係にあった。

Cambodia, Laos draw back troops in bid to avoid escalation at border(The Phnom Penh Post, 2017/4/06)

この記事は、双方が会談することでその緊張がいったんは和らいだことを伝えている。そして興味深いのは、

Laos and Cambodia have demarcated just over 80 percent of their 535-kilometre border since the early 2000s.

(ざっくり訳:ラオスとカンボジアは2000年代以降、535キロにわたる国境線の80%強を確定した)

という記述だ。逆に言えば、まだ20%ほど、100キロほどは未確定ということだ。世界地図を見慣れていると、国境線はすでに「あるもの」として認識してしまうが、世界にはまだまだ未確定の国境も多い。インドとパキスタンが争うカシミール地方、中国とインドにまたがる山岳地帯などは比較的知られた方だ。

北方領土や竹島・尖閣諸島なども、当該国が異なった主張をしているという意味で、「未確定の国境」に関する問題と言えなくもない。つまり、小国といえど他国の国境に関するニュースを、日本の読者は必要としているはずだ、ということにもなる。

カンボジアとラオスが争って万一武力衝突となったとしても、日本人が巻き込まれない限り、日本でニュースになることはないだろう。しかし、「ニュース」にしなくて本当にいいのだろうか。報じなくて本当にいいのだろうか。アメリカも中国も日本も、そして日本人も関係していないというだけで、報じる努力をしないで本当にいいのだろうか。

極めて視野が狭く、教条主義的になってしまった「報道」に、ありきたりで自動化されてしまった「ニュース」に、満足できない自分の唯一の救いは、英語であればそれらとは違う「報道」「ニュース」に触れられるという事実だ。

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