日本人に冷たい日本

タイの国家汚職追放委員会(NACC)は24日、2010年のバンコク騒乱で多数の死傷者が出たことに対し、当時の首相アピシットや副首相ステープの責任を追及することを決めた。

汚職制圧委、反政府デモ制圧でアピシット元首相らを訴追へ(バンコク週報、2015年2月25日)

まだ実際に訴追・弾劾されるとは決まっていないからか、時事が記事を配信したものの、25日付の各紙朝刊はこれを無視した。なぜなら、時事電には肝心の一点が欠けていたからだ。

民放の中ではまだ気骨ある方のTBSは「バンコク騒乱、元首相らの弾劾に向け手続き開始へ」とさっぱりした記事ではあるが、その中に、

 日本人も死亡した5年前のタイの首都バンコクで起きた騒乱に絡んで、国家汚職追放委員会は、当時の首相と副首相について弾劾に向けた手続きを始めることを決めました。2010年にバンコクで起きた騒乱では、タクシン元首相派のデモ隊と治安部隊が衝突し、日本人カメラマン・村本博之さん(当時43)ら90人以上が死亡しました。

と入れた。時事電を書いた記者も、受け取った東京のデスクも、配信を受けた報道各社も、みんな5年もたたないあの騒動をもう忘れてしまっていたのだろう。2010年にバンコクで赤シャツと黄シャツが衝突したことも、その中でロイター所属の日本人が死んだことも。

 

覚えていれば、その死の責任を問いうる動きとして敏感に反応したはずだ。自分が書いた記事を大きく扱わせるために「日本人も死亡した2010年のバンコク騒乱」ときっと書いたはずだ。自国にこれほど尊大な自尊心を持つ国なのに、その自尊心を誇ってやまない国民なのに、報道のために死んだ自国民にこれほど薄情な仕打ちをしうるものだろうか。普段から言っているその「愛国心」は偽物だったのだろうか。

それが仮に重要でなかったにしても、タイの動きを追っている者からすると、現在の暫定政権=軍が、アピシット訴追に向けた動きを始めたという点に興味をひかれたはずだ。NACC、つまり現在の暫定政権の宿敵はタクシンとその一派であり、タクシンと対立していた民主党アピシットは、「敵の敵は味方」方式で、むしろ同じ穴のムジナだった。タクシンが行えば黒となったことでも、アピシットが行えば白になっていた。

NACCは、タクシンの妹インラック前首相を、こじつけに近い論理で断罪しようとしている。それと同じ刃が、これまで味方のはずだったアピシットを切れるのか。切るとすればどんな論理で切るのか。それとも切るというのは見せかけだけで、やっぱり切らないのか。そこが暫定政権=タイ支配層の現在の考えを知る極めていい試金石になる。

そんな視点もなくバンコクに駐在している記者は、この記事を書いたのだろうか。書いたとすればどんな記事を書いたのだろうか。そしてなぜ載らなかったのだろうか。記者の資質、普段の勉強、そして東京にいるデスク連中の視野の広さ、それらがすべて問われた出来事だったが、かろうじてパスしたのはTBSだけという体たらくだ。これではだれも新聞を読まなくなる。

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