カンボジアと北朝鮮の絆

先日も書いた通り、国王の座から追われたシアヌーク元国王が頼ったのは、中国であり、そして北朝鮮だった。国王に復帰してからも「療養のため」と称して、よく北京や平壌に滞在した。自分の立場が悪くなると、北京や平壌から帰国しないとフラフをかけ、フン・センらを揺さぶった。シアヌークは、北朝鮮の金日成主席にひとかたならぬ世話になったと公言していた。

 

このような絆は、金日成やシアヌークが死に、カンボジアが韓国とも接近する中で薄れたかに見えたが、それは現地を知らず、政治や国際関係といった空想の世界に住む自称「学者」が抱く感想にすぎない。

プノンペンやシエムリアプには、北朝鮮の「喜び組」の踊りを見られると喧伝する朝鮮料理店が多くある。そこのメイン・ターゲットはカンボジア人ではなく、農協ツアーよろしく観光でカンボジアを訪れる韓国人団体だ。太り、酔った韓国人のおっさんが、自国ではまず間近で見られない「喜び組」のダンスと美貌を見るためにカンボジアに旅行しているとも言える。

それに加えて、別の側面を報じたのがこちら。

North Korean house calls(Phnom Penh Post、2015年2月13日)

この記事によると、プノンペンにある中国人経営の病院に2014年9月、北朝鮮から夫婦の医師が着任した。プノンペン・ポストによると、今回の「雇用」は、北朝鮮のリクルート企業が取り持った。今回の医師の給料は月1000ドルだが、うち800ドルを本国に送金させられる。医師に限らず諸外国に派遣された「労働者」は、本国にいくばくかを送金し、北朝鮮が苦しむ外貨不足を補わされている。

また記事では、在プノンペン北朝鮮大使館はシアヌークのはからいで1991年から20年間、賃料無料だった。2001年にその期限が来ても依然として無料のまま北朝鮮に貸し出され、北朝鮮外交官が活動するのを支えているという。その「活動」の中には、派遣された「労働者」の監視が含まれるであろうことは想像に難くない。

ここまでが記事を読んでわかること。そこからもう少し考えを進める。これほど北朝鮮と良好な関係にあるカンボジアは、日本とも関係が遠くはない国だ。韓国も企業を中心に進出が進んでいる。果たして駐プノンペン日本大使館には、朝鮮語を話せる人がいるのだろうか。日本政府は北朝鮮との交渉にカンボジアという舞台を使っているのだろうか。

拉致、パチンコ利権、いずれも大きな問題ではあるだろうが、この言葉が出てくるとメディアが問題をそこだけに限定し、いってみれば楽をしているのをだれも不健全に思わない。最終的な目的は、憲法前文にうたわれている通り、

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

のであれば、北朝鮮という国をどう「国際社会」に組み込み、平和的に共存するかということだろう。であれば、すでに北朝鮮と折り合い、共利関係にあるカンボジアに、日本が学ぶべき点は多くあるはずだ。

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