棒人間の争い

日本を代表する経済紙である日経新聞と、アメリカを代表する経済紙Wall Street Journal。どちらも株価しか気にしていないように一見、見られるが、同じように見えて実際には大きな違いがある。

それが表れるのは国際問題に関する記事。日経が報じる場合は、ある意味愚直に、「いかに経済に影響するか」の観点から書かれることが多い。一方、WSJでは、直接経済に結びつかなくても、「世界で起きていることを理解するため」という観点で報じられることが多い。

その直近の例は、ミャンマーのコーカン地域をめぐるミャンマーと中国の関係に関する記事だ。初報はどのメディアも起きたこと、その事実を伝えるしかないため、各紙の個性が表れるのは続報ということになる。

たとえば日経は、3月16日に続報として「ミャンマー政府、中国人死傷に遺憾の意 国軍と雲南省が調査へ 」と、ミャンマー側の反応を書いた。一方、WSJは、

Violence at Myanmar Border Puts Beijing in a Bind(3月23日)

と続報を載せ、現地からかなり詳しく背景についても書いている。

中国人負傷者の証言や、歴史的経緯、中国とミャンマー双方のSNS上での感情的なやりとりなどを紹介しているが、特にワシントンD.C.のシンクタンクの指摘が重要だ。

On the national level, China’s bottom-line interests are border security and its broader aspirations in Myanmar, but Beijing will not sacrifice either one for the other.

ざっくり訳:国家レベルでの中国の死活的利害は、国境の安全であり、ミャンマー国内におけるより広範な野心であるが、中国政府はそのうち一方を犠牲にして他方を得るようなことはしない。

つまり、中国はミャンマーの天然資源やインフラ整備の権益、インド洋から雲南へ抜ける石油・天然ガスパイプライン(WSJによると“Twin Chinese oil and gas pipelines snake”)を守るために国境でのいざこざを見過ごすことはしないし、国境の安全を守るためといってミャンマー国内での権益を手放してミャンマーとことを構えることもしない、という意味だ。

つまり中国にとってコーカン紛争は、どうにも対処に困る難題と言える。一方、ミャンマーの多数派ビルマ族にとってコーカンに住む中国系住民は「異人」だから、ミャンマー側はかなり強硬な措置も取りうる。つまりコーカンをめぐる問題でのパワーバランスはミャンマー側に傾いている。

WSJを読めばそういったことが分かる。では日経読者はどうか。「ああ、こういうことが起きたのだ」ということは分かっても、特定地域をめぐるパワーバランスまでは分からない。パワーバランスが経済に何も影響がないわけがない。日経はそれを知って書かないのかどうかは分からないが、より深く、より広く世界を知りたければ、少なくとも記事を読める程度の英語力はあるべきだということになる。

地理的に近いアジアにおいてすら、日本と関係が深いミャンマーにおいてすら、この彼我の落差がある。コーカンについて多くを報じない他の日本の新聞については言うまでもない。パワーエリートが読む新聞か、サラリーマンが読む新聞かの違いというには、あまりに大きすぎる隔たりだ。

そんな日本で報じられる記事は、ああいえばこういうという類の内容が多い。それはまるで、紙の上で棒人間が争っているだけのように見える。もっと空間的、時間的に俯瞰した記事を書けないものなのだろうか。せめて3次元で問題を見るような記事を。

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