ベトナムのホーチミン市にある靴製造会社で、3月26日から労働者約9万人が参加してストライキが行われてきた。この工場は台湾企業が運営するもので、ナイキやアディダスの靴を作っている。
90,000 shoe factory workers strike in Vietnam; they make Nike, Adidas sneakers(Bloomburg、2015年3月31日)
ベトナムは、「世界の工場」と化した中国ほどは人件費が高くないうえ、日本企業にとっては反日感情もないことから、「チャイナプラスワン」つまり、中国の工場を持ちつつも中国のカントリーリスクを減らそうとする企業が工場を進出させている。ナイキやアディダスもそうだろう。一方で、広範に労働搾取が行われているともされ、時折、大規模なストライキが起きてもいる。
今回はそんな労働集約型の工場で起きたストライキだが、労働者が強硬手段に至ったのは工場に不満があるというより、年金制度の改悪を行った政府に対する抗議だったようだ。
The new pension rules will stop many workers from being eligible for lump-sum social insurance payments when they leave a company, delaying payouts until they retire. Workers have said they are concerned the money may not be there in the future. Vietnam’s Communist government restricts large, unsanctioned gatherings, particularly ones aimed at it.
ざっくり訳:年金制度の新たなルールによって、労働者は(転職などで)職場を離れた時に一時金を受け取ることができなくなり、金を受けられるようになるのは引退時(男性60歳、女性55歳)になってからになる。労働者は、実際に引退する時には金が受け取れなくなることを懸念しているという。ベトナムの共産党政府は、今回のような大規模かつ無許可の集会を規制している。
Walls Street Journalの続報ではもう少し内容を詳しく報じている。
Currently, workers who paid premiums into the insurance program for less than 20 years can opt to get a lump-sum payment of about 150% of a monthly salary for each working year. The departing employee can work elsewhere, though the individual wouldn’t qualify to return to the retirement pension program or get pension benefits at retirement age. Such a worker has been also allowed to choose to stay in the pension program, resuming contributions after getting a new job, and getting a monthly pension at retirement age.
Under the new law, a worker who hasn’t contributed to the pension program for 20 years wouldn’t be eligible for a lump sum or monthly pension benefits. Workers who have contributed for 20 years could choose to take a lump sum, or stay in the pension program, receiving a larger monthly payment reflecting additional years of money into the system. Workers who have to stop working over health issues before contributing to the pension program for 20 years could still get a lump sum.
ざっくり訳:現行制度では、年金掛け金の支払いが20年未満の労働者は、その職場を離れる時に月給の1.5倍ほどの一時金を受け取ることを選択できる。この離職した労働者は、どこで働くこともできるが、再び年金制度に加入したり、引退時に年金を受け取ったりはできない。離職する労働者は、年金制度にとどまり、新たな職を見つけてから保険料を支払いを再開して引退時に年金を受け取れるという方法を選択することはできた。
しかし新ルールでは、同じ条件の離職者が一時金の受け取りを選択することができなくなった。20年以上の加盟者は一時金受け取りと、加算金も含めた年金の受け取りを選択することができる。健康問題で20年に満たずに離職しなければならない人も一時金を受け取ることはできる。
まとめると、労働者は自らに不利になる年金改悪に怒りストライキを行った。単に工場での待遇改善を求めたのでも、反中感情に突き動かされたのでもなく、国に対して抗議の声を上げたのだ。その意味で、これまでとは違う画期的なストライキといえる。
そしてストライキは2日、終結した。
Vietnam Factory Workers End Strike After Pledge to Amend Insurance Law(Radio Free Asia、2015年4月2日)
「Thousands of employees at a factory in southern Vietnam returned to work Thursday after a week-long strike after the central government agreed to amend a policy on social insurance coverage that had prompted the unrest.」というから、労働者の要求が通った形であり、労働者の勝利と言えるだろう。
これほど意義あるストライキなのに日本メディアは報じない。8日間も続いたのに。日経ですら触れていない。
アベノミクスとかいう実質を伴わない経済政策で業績が向上したという日本企業だが、内部留保のみため込んで賃上げに熱心とは見られない。そんな企業に対して、日本の労働組合は戦うことを忘れ、近年、ストライキなんてニュースで見なくもなった。身近な賃上げすら戦えない労働組合が、国の悪法や無作為に戦うことは当然、ない。
満たされた家畜は、自ら餌を探そうとはしない。満たされているから、がんじがらめの囲いの中にいることすら安心し満足してしまう。自らが獣であったことも忘れ、自然の餌がいかに滋味あるものかも忘れ、満腹するか否かのみを生きる目標としてしまう。そんな家畜でよいのなら、他人に餌を与えられるだけの環境に安住すればよい。その他人が急に餌を与えなくなる事態など考えもしないまま。その時に自分には餌を探す能力も手段もないとは考えもしないまま。