何かと「何周年」が好きな日本のメディアだが、なぜかこのニュースを取り上げたのは時事通信のみ。
この30年という時間を「暴力と弾圧の30年」と呼んだのはHuman Rights Watch(13日、日本語)。政治指導者としては現在、世界で6番目に長い在任だという。HRWは、「政治的暴力や弾圧、汚職を用いて権力を維持してきた」とフン・センを非難する。
確かに先進国的価値観から見れば、カンボジアの政治の現状は「後進的」に見えるだろう。フン・センに対抗してきた王族のラナリットも、なぜかすぐフランスに逃げる野党指導者のサム・リャンシーも、今ではまったくフン・センにたてつくこともなく、ひとりフン・センのみが実権を握る事実を見れば、独裁と映るのも無理はない。
ただ、国民の4分の1を死に至らしめた1970年代のクメール・ルージュ(ポル・ポト派)による恐怖政治、それに続く内戦で、カンボジアの知的エリートは殺されるか海外に逃げるかし、事態が落ち着いた後は国のかじ取りをする人材に欠けていたこともまた事実。その国をどうにかこうにかまとめあげ、国の体裁を保ち、近年では年率7%の成長を届けるまでもってきたのは、その「強権」とも言える。
国際政治学では、途上国が自立し、経済成長にまで行き着くまでのある一定程度の期間、「開発独裁」が許されるかどうか、といったことがよく話題になる。独裁的な権力を以て、とにもかくにも国民の胃袋を満たすための開発を進めるしかないのではないかとの論点だ。
それに加え近年では、国が国としての機能を果たせない「破綻国家」の問題点も指摘されている。イラクしかし、アフガニスタンしかり、イエメンやソマリアしかり。「独裁」「強権」が絶対悪であるのならば、破綻国家を正常な国家とするために、だれが何をどうすればよいのだろうか。アメリカはイラクとアフガンで失敗した。国連は5常任理事国の意見が合わなければ動けない。
多くのメディアが駐在するバンコクからプノンペンまでは空路1時間。この「30周年」のまさにその日、NHKとフジテレビが報じたのは、「メコン川の橋桁つながる 物流改善に期待」(NHK)、「カンボジアで日本が無償で建設を進めている橋が完成しました」(FNN)だった。この同じ式典を取材していても、AP通信の記者は、「Cambodia’s wily leader marks 30 years in power」という記事を書いている。
In a speech marking the ceremonial completion of the country’s longest, 2,200-meter (7,200-foot) Japanese-funded bridge across the Mekong River on Wednesday, the 62-year-old Hun Sen defended his record, saying that only he was daring enough to tackle the Khmer Rouge and help bring peace to Cambodia.
“If Hun Sen hadn’t been willing to enter the tigers’ den, how could we have caught the tigers?” he said. He acknowledged some shortcomings, but pleaded for observers to see the good as well as the bad in his leadership.
ざっくり訳。「日本が財政支援した、メコン川にかかる同国最長2.2キロの橋の完成式典で、フン・セン(62歳)は14日、自身の実績について擁護し、自分のみがクメール・ルージュに対処し、カンボジアに平和をもたらしてきたのだと語った。“もしフン・センが虎穴に入とうとしなければ、我々はどうして虎児を得られただろう”。至らない点を認めつつも、自分の指導力について悪い面と同様、良い面も見るよう訴えた」
これを、NHKもフジも取材していた。なのに、JICAや日本政府のお先棒を担ぐような記事しか報道できていない。フジがかろうじて中国との比較をしているのは救いだが、NHKの記事はそれすら触れておらず、しかも悪文の典型。「ペンは剣より強し」というが、それは常に磨き続けるからであって、なまくらな視点、なまくらな原稿、なまくらなレポートで何かを成そうというのは甘すぎる。NHKの問題は、なにも会長にだけあるのではなく、現場にこそあると分かる一例だった。