ネット時代の申し子、ネットの権化ともいえるGoogleで副社長を務めており、「インターネットの父」の一人ともされるのVint Cerf(ヴィント・サーフ)が、意外なことに、何でもかんでもデジタルデータである現状に警鐘を鳴らしている。
Google boss warns of ‘forgotten century’ with email and photos at risk(Guardian、2015年2月13日)
示唆に富む内容なのでぜひ原文で読んでほしいが、要約すると以下のようになる。
- メール、写真、ツイート、そしてすべてのウェブのように、今の生活は電子化されたデジタルデータがほとんどとなっている。
- 後世から現代を検証しようとしたとき、その様々なデジタルデータを読み取る手段(たとえばPDFリーダー)がなければ、現代のことを知るすべがない。かつては紙に歴史は記され、それを読むには目があればよかった。
- 後世の歴史家が現代のデジタルデータを読む手段を失ったとき、つまり現代のデータが役に立たない「デジタル的に腐敗」(bit rot)してしまったら、後世から現代は見えなくなり、「lost generation」もしくは最悪の場合、「lost century」となってしまう。
- そうならないよう、現代のデータを読み取る手段を残し続ける努力が必要で、「デジタル羊皮紙」を開発しなければならない。
Google副社長から出た発言とすれば意外な感もあるが、インターネットを良く知り、そこに立脚して仕事をしている人物だからこそ言える話だ。
考えてみれば、VHSビデオさえDVDやブルーレイに置き換わった今、VHSデッキが市場から消滅すれば、VHSを読み取る手段はなくなり、VHSに記録された映像を見ることはできない。今は主流のDVDやブルーレイも同様だ。紙に書かれた絵、洞窟に描かれた絵であれば、その前に立ちさえすれば判読できる内容でも、デジタルデータでは再生機器が確保されなければ「絵」を見ることができない。
個人的には、パナソニックが推進していたPDドライブという代物に、かつてのパソコンのバックアップデータを残してあるがゆえにPDメディアのみならずドライブそのものも処分できない現状がある。そのドライブも、PCとの接続方式がSCSIなので、現在のPCには直接つなげない。かつてのPCと周辺機器一式を残しておかなければならない。同じことがメールや写真などにも言える。
自分の持っているCDをiTunesで取り込んでせっせとハードディスクにため込んだり、自分が持っている本を切り刻んでせっせと自炊したり、仕事の文書や名刺をせっせとクラウド化したりすることは、皮肉なことに自分の存在を後世に証明するすべを「ブラックホール」にせっせと投げ込んでいるようなものとも言える。
彼がGuardianのインタビューに対して残した忠告は、
If there are photos you really care about, print them out.
本当に大切な写真があれば、プリントして残せ
だった。
Guardianはカリフォルニア州サンノゼからこの記事を出している。ロサンゼルスやシリコンバレーには日本の新聞記者も駐在しているが、今の世の中を切り取るこうした記事を書いてこない。現地にいるはずの日経は、「企業」の取材に忙しく、ロサンゼルスにいる他社は事件や事故にのみ注意を注いでいるからだ。そんな記者たちは、スマートフォンを使い、メールでアポを取り、ネットで情報をあさり、PCで記事を書いているというのに、だ。
Vint Cerfのいうように「後世の歴史家が簡単に読める」紙というメディアを使っていながら、巨視的、俯瞰的な記事をほとんど載せない日本の新聞。新聞の苦境は、デジタルが紙を食ったからではない。紙が勝手に「腐敗」してしまっていたのが、デジタルによって明らかにされただけだ。Guardianのように、デジタルをうまく活用して知名度を上げている新聞を見るにつけ、そう思う。