タイのプラユット暫定首相が3月31日、昨年5月のクーデター以来敷いてきた戒厳令(martial law)を解除することを決定、4月1日に国王の許可を得た。しかしその代わりプラユットは、政権奪取後に制定した暫定憲法の第44条(Article 44)を発動した。これは暫定首相に全権を与える内容だ。
Thailand junta replaces martial law with absolute power(AP、2015年4月2日)
もっとも的確に今回の動きを見出しにしたこのAP電によると、
In its place, though, the junta invoked a special security measure called Article 44 in the military-imposed interim constitution that gives Prayuth the power to override any branch of government in the name of national security, and absolves him of any legal responsibility for his actions.
ざっくり訳:しかしその代わり、暫定政権は軍が制定した暫定憲法44条と呼ばれる特殊治安対策を発動した。この条項によると、プラユットは国家安保の名のもとに、政府のどの部門よりも自身の決定を優先させ、その決定の責任を負わなくて済む権力を得ることになる。
戒厳令とは、治安維持をはじめ統治機能を国ではなく軍が担うという命令。つまり、今回その戒厳令が解除されたとはいえ、それと同じ意味を持つ、もしくは軍という組織ではなくプラユット個人に権力を与えることになる点を考えるとより悪化するともいえる。
その懸念をストレートに示した見出しがこちら。
Pheu Thai warns impact of Article 44 will be worse than martial law(Nation、2015年4月1日)
プアタイ(Pheu Thai)は、軍に追い落とされたタクシンの支持者、後継団体なので、軍に反対するのはなかば当然とは言えるものの、それにしてもやはり個人に絶対権力を与えるのは愚かであることは間違いない。
ましてや、都合の悪い報道をするメディアを「処刑する」といったり、政治的・社会的な反対者にlese majeste(不敬罪)で懲役50年を言い渡したりと、タイは政治的反対を表明するのが極めて不自由な国でもある。
そこに、民主主義など衆愚としか考えない絶対権力者が現れた。さすがに日本メディアも短くはあるが伝えている。
今回最もよかったのは毎日。「タイ:戒厳令を解除…11カ月ぶり 軍政、強権支配を継続」と見出しを出し、記事も長めだった。続いて日経は「タイ軍事政権、治安権限保つ 戒厳令10カ月ぶり解除 」と、むしろ強権維持を先に出し、戒厳令解除を従的価値とした。絶対権の内容を詳述したのは良かったが、やや情緒に流れた朝日は「タイ戒厳令、解除を正式発表 「絶対権」で抑圧続く恐れ」とし、見出しは合格。見劣りしたのは読売。「タイ、戒厳令解除…昨年5月以来」と戒厳令解除のみの見出し。記事には強権維持を書いたが、記事自体も短く、必須要素を盛り込めなかった。これらは記者の力量とともに、東京本社で見出しを付けたりレイアウトしたりする「編成」「整理」の力量が如実に表れた例だった。