タイ暫定首相、報道に対し威嚇

タイ軍事政権のプラユット暫定首相が、行き過ぎた報道をするメディアに対しては「彼らを処刑する」と発言したという。日本メディアも短く報じたが、最もバランスが取れているのがこちら。

Thai coup leader says he’s a democrat, jokes about executing journalists(Washington Post、2015年3月25日)

自らを「99%民主的」と言い放つ軍事政権トップの身の程知らずの発言を、皮肉と諧謔を込めて記事を書いている。冒頭を抜き出すと、

Thai Prime Minister Prayuth Chan-ocha is known for his adversarial relationship with dissidents and local media, but on Wednesday he took it to a particular extreme. “You don’t have to support the government, but you should report the truth,” Prayuth admonished reporters in Bangkok. When asked what would happen to journalists who report out of line, he responded, “We’ll probably just execute them.”

According to the news agency Reuters, the chilling statement, intended as a joke, was delivered “without a trace of a smile.”

ざっくり訳:プラユット(暫定)首相は、反対者や地元メディアと敵対的な関係にあることで知られているが、25日にはさらに極端な方向へ走った。「(メディアが)政府を支持する必要はないが、真実を報じなければならない」とバンコクの報道陣を叱責した。その筋を外した報道をしたらどうなるのかと尋ねられると、プラユットは「おそらく処刑する(execute)だろう」と答えた。ロイターによると、この恐ろしい発言は、ジョークだったのだろうが、「笑顔をちらりとも見せず」出たものだという。

英語では「execute」となっているが、これがプラユット自身が使ったタイ語を正確に表すものかは分からない。「措置する」「対応する」というタイ語の言葉を「execute」という英語に置き換えたがために、意味がもっと膨らんだ可能性もないこともない。ロイターが「笑顔をちらりとも見せず」なんて恐ろしげな表現を使ったがために拡散したのかもしれない。

ワシントン・ポストの記事がバランスが取れているとしたのは、問題の発言を報じるだけではなく、なぜ彼がそんな発言をするに至ったかも説明しているからだ。この説明があるかないかで、問題発言の意味合いがまったく違ってくる。死活的な重要な要素だ。

この日、AP通信がいわゆる「調査報道」による独自ダネを出した。

AP Investigation: Are slaves catching the fish you buy?(2015年3月25日)

インドネシア領海で漁業を行っている船で、ミャンマー人が奴隷労働をさせされており、そこで獲られた魚はタイに水揚げされ、米国のスーパーなどで流通しているという内容だ。APは1年かけて魚の動きや奴隷労働の実態を調べたという。その結果、タイの船がミャンマー人を酷使し、違法な操業をしている可能性が高いと結論付けている。

プラユットは問題発言の直前、この件を聞かれている。そのうえで「真実を伝えろ」「伝えないと痛い目に遭うぞ」と言っているわけだ。そのことは、たとえば

Thai Junta Warns Media Against Reporting on Human Trafficking(Khao Sod、2015年3月25日)

を読むとよく分かる。そこでプラユットは、

“Please don’t escalate this news,” Gen. Prayuth Chan-ocha told reporters in reference to Channel 3 report about Thai nationals who have been duped into slaving on Thai fishing boats in Indonesian waters.

“The media should consider the impact the news will have on the country,” he continued. “It may cause problems, and affect national security … If this news gets widely published, [it could raise] problems of human trafficking and IUU [Illegal, Unreported and Unregulated Fishing].”

ざっくり訳:プラユットは「このニュースをエスカレートさせないでほしい」と報道陣に語った。これは、(タイのテレビ)チャンネル3が、インドネシア領海内でタイ人がだまされて漁船で働かされていると報じたことについて述べたものだ。

プラユットはまた「メディアは、ニュースが国に対して与えるインパクトを考慮すべきだ。(ニュースは)問題を起こし、国の安全保障に影響を与える。このニュースが広く報じられれば、人身売買や、不法かつ無規制の漁業(IUU)に関する問題を起こしかねない」とも話した。

この内容を読めば、プラユットがタイ漁船における労働について過敏になり、対応にほとほど手を焼いている様子が分かる。このカオソットの記事には残念ながら「execute」にあたる言葉はないが、この漁船問題を質問された後に、先の問題発言が出たことをワシントン・ポスト記事は、こう伝える。

Prayuth was apparently irked by a recent exposé by the Associated Press delving into the alleged use of slaves in Thailand’s vast seafood industry. “If the media play it in a big way, do you know what will happen?” he asked, angry that such stories could hurt Thai exports. “If you just keep reporting, all Thai people will feel the damage.”

ざっくり訳:プラユットは明らかにAP報道にイライラしていた。「もしメディアがこんな大げさに報じたら、何が起きると思うんだ?」と彼は尋ね、こうした報道がタイの輸出産業にダメージを与えると怒った。「こうした報道を続ければ、すべてのタイ人がそのダメージを感じることになだろう」とも語った。

もちろんロイターはAPのライバルだから、このAP電には触れない。従って、軍出身のプラユットがメディアに対して怖いことを言った、という点だけを強調して書くことになる。これは良いとは言えないがある種、理解できる書き方ではある。こうした点もきちんと考慮に入れたうえで、APでもロイターでもないワシントン・ポストは、プラユットが現在おかれた立場もバランスよく説明して、だからプラユットは困り果てているというトーンで書いた。

ここまで分かると、APもロイターも読んでいたはずの日本メディアが、プラユットのメディア敵視発言のみを報じた愚があなたにもよく分かるはずだ。日本メディアはえてして短信が多く文脈を報じないことがほとんどだが、文脈を報じなければ発言の意味そのものが違ってしまうという弊害も分かるはずだ。また、この発言を文字通りに受け取って、国際的なジャーナリスト組織の非難声明を、自分の記事の重みづけに使うという日本メディアがよくやる手法が的外れなことも分かるはずだ。

なるほど、タイの暫定首相が何を言おうが、ミャンマー人が海上で奴隷労働させられていようが、あなたの生活にはまったく関係がないかもしれない。しかし、様々な記事を読むことで、あなたがふだん接しているメディアの弱点を知ることはできる。弱みを知っていれば、それを補いつつ、自分で情報を摂取することができるようになる。情報の摂取がなければ、あなたは正しい判断を下すことはできない。正しい判断ができなければ、よりよい人生を生きることができない。タイ政治家のばかげた発言を報じる記事一片でも、そういう役に立つということを、頭の片隅に置いておいてほしい。

 

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