タイ的「朝日新聞問題」

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タイ英字紙の代表ともいえるBangkok Post。そこに勤めていたアメリカ人記者が、バンコク・ポスト内の状況を述懐している。

Pork, bullets, and my rocky stint at the Bangkok Post( Justin Heifetz、Columbia Journalism Review、2015年4月15日)

記事冒頭には、CJRからの長い注意書きがついている。この記事に対し、バンコク・ポストから抗議があり、事実確認をしたところ、筆者の事実誤認や不確かな点が数点あったとの内容だ。ただ、記事は筆者の見方を書いたものとして、取り下げまでには至っていない。

のっけから波乱の展開だが、内容もまた興味深い。主要なシーンは、2014年1月、タクシン派が街頭占拠をして、治安部隊とにらみあっていたころから、5月に軍がクーデターを起こすまでのものだ。

バンコク・ポストについてこのような記述がある。

There is a systemic failure in the Thai media, and the Post exemplifies it. Journalists like me are only useful until we disrupt the cozy relationship between government and media.

ざっくり訳:タイのメディアには全般的な欠陥があり、バンコク・ポストもその例に漏れない。私のようなジャーナリストは、政府とメディアとの親密な関係を壊さない限りにおいて有用とされる。

The Thai media model runs on local reporters—who make about $620 a month—and Western copy editors, who start at triple that salary, to turn their work into readable English for a large, mostly business-oriented expat audience. Newspapers like the Post rarely hire staff reporters because it’s not cost-effective. But having no Western bylines in a newspaper for Westerners is damaging to sales, so the Post relies on Western freelancers, intern reporters, and copy editors in their down time to contribute bylines.

タイの(英字)メディアでは、月620ドルで働くタイ人記者と、その3倍を稼ぐ西洋人デスクによって記事が書かれており、多数の、しかも多くはビジネスに携わる外国人読者のために英語ニュースを届けている。バンコク・ポストなどの新聞は、自社の記者を雇い入れることはめったにない。高くつくからだ。しかし、西洋人のための新聞なのに、記事を書いた記者の欄に西洋人の名がなければ販売に影響するため、バンコク・ポストは(キャリアの)休み時間ともいえる時期にある西洋人のフリーランサーやインターン、デスクを雇っている。

要は、経済合理性がまず第一で、西洋人は記事の見た目をそれらしくするためのお飾りに過ぎないといっている。

筆者自身は、調査報道なども許される日曜版に唯一の外国人として配属されたが、それはまた、同僚の西洋人記者・デスクから嫉妬され、社の経営層からははっぱをかけられるつらい立場だったとか。また、元軍人が記事について抗議してきたときに、社や上司はまったく守ってくれなかったともこぼしている。

個人的に最も響いたのはこの指摘。

last November, the newspaper ran an article under Wassana’s byline that purported to be an on-the-record interview with the ousted prime minister, Yingluck, the first since the coup. Wassana quoted Yingluck saying that “she saw the coup coming.” Soon after, Wassana admitted, via her Facebook page, that she had not interviewed the prime minister at all. The newspaper removed the article from its website, yet Wassana still writes for the Post.

昨年11月、バンコク・ポストに(政府・軍の取材担当である)Wassana Nanuamがクーデターで失脚したインラック前首相のインタビュー記事を載せた。これはクーデター後、初のインタビューとなった。その記事でワサナは、インラックが「クーデターが起きることは分かっていた」と語ったと書いていた。しかし直後に、自身のフェイスブックでワサナは、インラックをインタビューしていないと認めた。バンコク・ポストはこの記事をサイトから削除したが、ワサナは(処分を受けることなく)まだ同紙で記事を書いている。

このワサナという記者、確かに軍べったりの記事を書く記者だった。時には、内部に詳しすぎる記事を書く、つまりかなり食い込んでいるという見方ができる記事を書くこともあったが、ほとんどは軍や反タクシン派のプロパガンダ傾向が強い記事が多かった。

バンコク・ポストは主張としてはどちらかといえば左傾的で、朝日新聞とも提携紙の関係にある。筆者の告発は、タイ的「朝日新聞問題」と言えなくもない。バンコク・ポストで捏造記事を書いても大スキャンダルにならないのは、捏造がそもそも常態化しているか、それが軍の意向に沿うものだったかだろう。

バンコク・ポストを辞めざるを得なくなったという筆者はこう結ぶ。

All these years later, I watch with frustration as the words of the military regime are reported without a filter on the front page of the Post.

ざっくり訳:こうした経験を経て私は、軍事政権の発言が何のフィルターもなしにバンコク・ポストの1面で伝えられるのを見てフラストレーションを感じている。

つまり、バンコク・ポストは軍の広報紙に成り下がったということだ。

もちろん、傷心の筆者による思い込みや思い過ごし、事実確認不足もあるし、一方的な見方でもあるのだろう。しかしタイでは、政治家や高官、ビジネスエリートやトップ司法官らの「上層」が互いにいかに親密かを知っていれば、なきにしもあらずの話でもある。

これはひとり、タイの話と笑っては済まされない。日本の新聞の政治面に政権を痛撃する記事が載らないのは、なぜかを考えてみればよい。

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